夜桜について

世田谷「いらか道」にて撮影

さて世の中は待ちに待った桜の開花で花見三昧ですね。
昼に眺める桜もですが、夜に眺める夜桜もなかなかオツなものです。(写真は家の帰りに撮影したものです。)
どうでも良いですが、私は夜桜が美しいと思う反面、少し怖いと感じる場合もあります。
そもそもは

から始まります。
確かこの第6巻の中で、角川源義(初代の角川書店社長)がこんな事を云います。

「桜は、髑髏を養分に美しく咲く。これによって死者は養分を吸い取られ、持っている怨念や情念を浄化されるのだ。大体、桜の名所を掘ってみると大体、髑髏が出てくる。例えば、上野の山には彰義隊の骨が出てきます。」

このように桜と死者の関係を説明します。かれは戦後間もなくの東京で人骨の灰を桜に撒くという「花咲か爺」の役回りを演じているのですが、(事実かどうかは知りませんが。<笑)こうする事によって桜が枯れるのを防ぎ、引いては死者の怨念を鎮めているという事です。
この作品は平将門の霊を呼び覚まして東京を破壊しようと画策する魔人加藤保憲とそれを阻もうとする人々(土御門家、寺田寅彦三島由紀夫などの実在の人物が登場!)の明治末から100年の物語です。この小説は実在の事件と絡み合って展開させて行く筆力が素晴らしい。
どうも「三つ子の魂百までも」ではないですが、昔頭の柔らかかった中学生の時に読んだそのままに、前述の桜の記述をどうしても思い出してしまいます。そんな訳で実際に桜の下に髑髏が埋まっているとは思いませんが、どうも桜イコール死者の図式から脱却できません。
でもどうでしょうか。逆に夜桜などを見るとその妖艶な姿がそのイメージと合わさる事によって、さらに桜が美しく見える事があります。それは「タナトス」という概念と無関係ではないのかもしれない。